ついにこの方も亡くなられましたね…
不謹慎かもしれませんが、この方の訃報を知ったショックを表すには、たぶんこの言葉がふさわしいでしょう。
『シェーッ!』
8月2日 漫画家・赤塚不二夫さんが肺炎のために永眠されたとのことです。
ニュースソースはこちら。
赤塚氏はまさに「昭和のギャグ漫画王」でした。
『天才バカボン』『おそ松くん』『もーれつア太郎』など、独自のセンスを生かしたいくつもの大ヒットギャグ漫画の作者であり、バカボンのパパ、レレのおじさん、ニャロメやイヤミなど、日本人なら誰もが知っている愛すべきキャラクターたちの生みの親でもあった赤塚氏。
私の個人的主観が入ってしまいますが、この人のギャグセンスは他に比べられるものもないし、日本におけるギャグ漫画というジャンルにおいてこの人よりもすごい人はいないのではないかと感じます。
とにかく、日本におけるギャグ漫画のスタンダードを築き上げたパイオニアであり、漫画界の偉大なる英雄の1人であることは間違いないと思います。
赤塚氏を語る上で、もう1つ欠かせないのが、彼は「トキワ荘」出身の漫画家の1人でもあったということです。
東京都豊島区にあった小さなアパート・トキワ荘。
手塚治虫氏を筆頭に藤子・F・不二雄、藤子不二雄A 石ノ森章太郎など、日本の漫画界の基礎を作った天才たちが暮らし励ましあった、まさに「天才たちのたまり場」として、有名な場所でした。
これは、私が以前藤子不二雄氏の著書を読んで覚えている話ですが、赤塚氏は石ノ森章太郎氏と一緒にトキワ荘に入居。藤子不二雄氏や寺田ヒロオ氏が作っていた漫画家たちのグループ・新漫画党に参加しています。
しかし、当時の赤塚氏は後のギャグ漫画王となった時とは異なり、色白で内気な性格の美青年だったといいます。書く漫画もどちらかというと線が細い少女向け漫画などが多かったそうです。
しかし、トキワ荘時代から幾月もの年月を経て、赤塚氏の恐るべきギャグ漫画の才能が開花し、上記の傑作ギャグ漫画を生み出すことになります。
トキワ荘出身の作家の中では最も大きな変貌を遂げた漫画家といえる赤塚氏ですが、彼も間違いなくトキワ荘に集う天才の1人であったわけです。
トキワ荘に暮らした偉大な漫画家たちは、時代がたち既に数名がこの世を去っています。
手塚治虫氏 1989年死去
寺田ヒロオ氏 1992年死去
藤子・F・不二雄氏 1996年死去
石ノ森章太郎氏 1998年死去
森安なおや氏 1999年死去
21世紀を迎えて、またひとり、トキワ荘に暮らした偉大な漫画家・赤塚不二夫氏が眠りにつきました。
赤塚氏のギャグ漫画、そして日本の漫画全体に及ぼした影響と功績ははかりしれません。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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